top of page

懐かしい、横浜駅周辺の風景(3)

  • masa-en
  • 8月4日
  • 読了時間: 2分

2026年8月4日(火)

横浜駅の西口で、昔は元気に営業していながら、今は、他の業態(「ヨドバシカメラ」)に変わったしまった懐かしい店舗(デパート)として、横浜三越は必ず挙げなければならないと思います。

横浜三越は、昭和48年(1973年)のオープンでした。

岩崎学園の施設に、三越がメインテナントとなる形で出店しました。

(しかし、建物は三越仕様で建てられています。)

シースルー(展望)のエレベーターがあり、とても素敵なデザインです。

三越にとって、横浜に拠点(店舗)を持つことは長年の悲願でした。

実は、横浜高島屋の建設が始まる前に、地主の相模鉄道から、先ずは三越に出店要請があったそうです。

当時の横浜駅西口は、まだまだ未開発の状況でしたので、商業的価値は低いと考え、三越はその要請を断ったそうです。

(横浜駅西口の駅前が、砂利置場だった時代です。)

結局、横浜高島屋が、駅前への進出を決め、昭和34年(1959年)に、店舗をオープンさせます。

横浜高島屋は地元顧客層の支持を集め、大いに発展することになりました。

横浜地区ナンバーワンの百貨店として、現在も、その隆盛は続いています。

もし、この時に、三越が出店していたら、商環境は大分変わっていたことでしょう。

横浜三越は、ダイヤモンド地下街に接続する立地ではありましたが、利便性(アクセス)等で、横浜高島屋に差を付けられる形となりました。

(どちらも呉服屋出身のデパートで、流通戦争が勃発しましたが、横浜三越は規模でも劣り、ネームバリューほどの実績は残せなかったと言えます。)

その後、三越の企業としての構造改革が進む中、平成15年(2003年)に、横浜三越は閉店を迎えてしまいます。

わずか30年あまりの営業期間でした。

横浜の消費者にとって、三越は東京に近い商品を扱っていて、横浜高島屋に較べれば、比較的若い層向けの商品が多かったように思います。

私個人としては、開業時は近隣に住む高校生でした。

デパートの商品を実際に買う機会は少なかったですが、文化催事やイベント等では、ワクワクしながら来店したものです。

閉店時は、社会人でしたので、閉店セールの応援等に携わりました。

催事等の仕掛けがない平日には、なかなか来店してもらえない厳しい店舗でしたが、個人的には、商品の統一感もあり、一本芯の通ったスマートなお店だったと思っています。

    遠藤雅信

 
 
 

コメント


  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2021 by マサ企画のWebsite。Wix.com で作成されました。

bottom of page