2022年12月6日(火)
以前、新宿区内を散策していた時に、偶然、紅皿さんという女性のお墓を見つけました。
墓石や碑が、複数建っていてなかなか立派なお墓です。
紅皿さんとはどう言う女性だったのか、興味が湧きました。
そこで、調べ始めてみた所、太田道灌に縁のあることがわかりました。
室町時代の武将、太田道灌(1432年~1482年)は、現在の皇居の元となる江戸城を築城したことで知られています。
数々の戦(いくさ)において、輝かしい戦果を残したことでも有名です。
(しかし、その活躍ぶりを妬まれ、最後は暗殺されたとも言われています。)
太田道灌には、「山吹伝説」と呼ばれる有名なエピソードがあります。
ある日、鷹狩の為、郊外に出かけた道灌は、ものすごい雨に遭遇しました。
近隣の農家に立ち寄り雨具を借りようとすると、その家の娘が黙って山吹の花を差し出したそうです。
その時、道灌はその意味がわからなかったそうですが、城に戻ると、娘は、兼明親王の和歌「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」に掛け、貧しい家なので、簔(実の)ひとつ持ち合わせがないことを伝えようとしたことがわかりました。
道灌は、この村娘の、和歌に対する知識の深さに改めて驚きました。
そして、その娘を城内に呼び寄せました。
その彼女こそが、後に、紅皿と名乗り、太田道灌の「和歌の友」として、生涯をともに過ごしたのだそうです。
今回、新宿区内(新宿区新宿6丁目)で出会ったのは、その紅皿さんのお墓だったのです。
お墓の近くには、「新宿区指定史跡」と言う案内と解説が書かれた看板が、立てられていました。
山吹の話は、単なる昔話としてしか意識していませんでしたが、改めて、実話だったのか知らされる感じでした。
何気ない墓のように見えていましたが、実は、歴史の証人のような、大切な史跡の一つだったことに、少なからぬ感動を覚えました。
遠藤雅信
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