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京成本線・志津駅ホーム(上り)で見つけた、「行商(カツギ屋さん)」の名残


2021年7月27日(火)

物流がまだ未発達な頃、行商と言う商売は暮らしに不可欠でした。 (特に、都会ではとても重宝されていました。) 千葉県からも、カツギ屋さんと呼ばれるおばちゃん達が、早朝から、野菜等の農作物を背負い、東京周辺に向かっていたそうです。 その際は、私鉄の京成線や、国鉄の常磐線・成田線等が、交通手段としてよく使われました。 そして、その頃の京成本線では、「行商専用列車」と言うのが走っていました。 所謂、野菜行商従事者専用の列車です。

専用列車は、別名、「なっぱ電車」とも呼ばれたそうです。 しかし、カツギ屋さんの人数が減るにつれ、普通電車の一部を、「行商専用車両」とするようになりました。

(そして、「行商専用列車」は廃止されました。) 全ての列車に、「行政専用車両」が付いていた訳ではありません。

朝(上り)と夕方(下り)の、一部の列車に限り、この「行政専用車両」をつないでいました。

大抵は、一番後ろの車両だけを「行商専用車」に指定していました。 (一般のお客さんは、この「行商専用車両」には、乗車できないルールです。) その後、行商を行う人は更に減り、「行商専用車両」も廃止されることになります。 「行商専用車両」が完全に廃止となったのは、2013年3月29日でした。 そんなに昔のことではないので、この「行商専用車両」を、私は何度も目撃したことがあります。 (間違って、乗りそうになったこともあります。) そう言う意味では、地元のことを第一に考える京成電鉄は、この制度(「行政専用車両」)を、本当にギリギリまで、よく走らせてくれたものだと思います。 (心温まるエピソードです。) (京成電鉄の優しさが伝わってきます。) この「行商(カツギ屋さん)」の名残が、志津駅の上りホームに残っています。 それは、ベンチとかが置かれている一画に置かれた、やや高めの、木でできた棚のようなものです。 座るには、やや不便な高さと言えます。 きっと、これは、カツギ屋のおばちゃん達が、荷物を背負い直す為の棚として、設置されたものだと推測されます。 はっきりと、その由来が書いてある訳ではありませんが、個人的には、そうに違いないと思っています。 理由としては、年代を感じさせる木の棚であることと、重みに耐えられるよう、あちこちを、金具で補強してあることが挙げられます。

(使い込まれていて、歴史を感じさせる棚です。) とても、ガッチリとしていて、頑丈な作りです。 行商(カツギ屋さん)も、1つの文化だったので、その遺物が残っているのは、実に感慨深いことです。 (教科書の歴史とは違う、「暮らしの歴史」の象徴です。) 行商(カツギ屋さん)は、物がない時代に咲いた徒花(あだばな)の1つだったのかもしれません。 それはそれは、キツい労働だったと思います。 家族の為、暮らしを少しでもよくしようと、重たい荷物を担いだ、おばちゃん達の頑張りには、今思うと本当に頭が下がります。

(農家にとっては、とても貴重な現金収入になっていたのでしょう。)

カツギ屋さんには、「日本の母」たちの強さを、改めて感じさせられます。

    遠藤雅信

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